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![]() 源氏物語が歴史上に登場したと確認されて、今年はちょうど千年。来る11月1日には記念講演など様々な催し物が目白押し。 そんな中、清涼寺ではお馴染みとなった朗読会が行われた。今回は一部・二部の二部構成で、第一部は北海道札幌で活動している、「風の音」という朗読グループの皆さんによる、瀬戸内寂聴作;女人源氏物語」からの朗読。第二部は西京区の「木もれ日」による、京言葉の朗読で「桐壺」と、そしてオリジナルのシナリオで朗読劇「紫の上 月の露」。 ![]() ![]() ご住職の挨拶 13時半の開演前には、多くの人たちが集まってきた。今回は場所の都合もあり、申し込み制で70人という人数制限。畳と言うこともあって、年配の方で正座が辛い人には低い椅子なども準備してあった。 西向きの障子が互い違いに開けられていて、陽射しも入って、障子に写り込む陰影がまた、風情を醸し出している。 ![]() 馬頭琴のBGM 嵯峨 治彦氏 第一部は馬頭琴の演奏で開幕。メディアなどでその音と演奏をしているところは見たことがあるが、実際目の前での演奏は初めてだった。深く優しい音色は素晴らしく、お寺という会場と艶のある声の朗読に決して邪魔をせず、それでいてお話を盛り上げる役目をしている。悲しい場面でははらはらと涙が音色とともに流れるようだ。 琵琶の音にもどこか似通ったところが感じられる低い響き・・・ 琵琶法師と言い、スーホの白い馬と言い、もの悲しい音色の裏には、そんな背景があるのは偶然だろうか。 ![]() ナレーター ![]() 若紫;紫の上の祖母 尼君のかたる ![]() 葵;葵上のかたる ![]() 紫炎;六条御息所のかたる 風の音の皆さんは、手作りの和服リフォームの衣装がとても素敵だった。声色を変え、それぞれの女たちの心をしっとりと語っていく。 原作を読んでいなくても、女たちの心の叫びを聴けば、どんな気持ちで話が語られていたのかがよくわかる。見た目は華やかでも、その中の女の辛い気持ち、それは決して報われない女の心だ。正妻でなければ、いくら寵愛を受けていても勝てはしない。勢いに乗っている葵の上の権勢。それにはじき飛ばされた六条御息所。その気持ちを葵はしっかりと見つめていた。立場が変われば、自分もそうなっていたかもしれないのだ。 時折雲で陰り、障子に暗い影を落とす。それは六条御息所の心だったのかもしれない。ちょうど彼女の心を朗読しているときだけ、少し暗い影が落ちたのだ。千年の時を越え、女の気持ちはいつの時代も変わりはなく、生まれ変わってはまた消えた永遠の六条御息所の魂が、未だ、そこかしこに漂っているのかもしれない。 いつの世も、作者である紫式部も、瀬戸内寂聴も、同じ苦しみを味わってきたのだろうか。 ![]() 桐壺;現代京言葉訳 第二部木もれび日による朗読劇。京言葉はこのようなお寺でこそぴったりかもしれない。お客の中には市内だけでなく府内外から来ていると思われるが、はんなりとした語り口調は、祇園だけでなく、源氏物語にこそ使うものだと思った人も多くないだろうか。 ![]() 左からナレーター・六条御息所・紫の上 ![]() 左から明石の君・源氏の君(奥には紫の上) ![]() 明石の君と紫の上が対面する ![]() 死の床についた紫の上と、源氏の君 紫の上 月の露 私はこの脚本がとても好きだ。原作ではここまで登場人物の心情を現していない。源氏のみならず、この時代において、男の権力にすがるしかなかった女の悲しい性(さが)を、細やかに語っていると感じる。 この二つ、風の音さん、木もれ日さんどちらもが心に響く朗読で、やはり途中でうるっと来てしまう。言葉の持つ魔力のせいだ。 言葉は聴覚として脳に伝わる。視覚ほど多くの情報ではないが、足りない分、人は自分でありったけの想像をして不足している情報を補おうとする。それが脳の活性化を増加させる。子供に読み聞かせをする大きな理由だ。その想像力は自分の好きなように変化もさせることができる。同じ場所で聴いたこの朗読会、10人が10人、同じことを考え、想像することはない。それが個性を育み、感情を豊かにしていくのだ。 朗読を聴き、昔の恋愛を思い出した人もいたかもしれない。身内にそのような人がいるかもしれない。また、自分だったらこうしたかもと考えたかもしれない。そうやって自由に考えることができるのが、言葉の魔力。言葉の選び方、話し方、トーンなどで大きく変化する。それが持つ威力はとても計り知れないものがある。 胸に響く馬頭琴を聴き、朗読を聴き、特に風の音さんは初めてなのでじっくり聴きたかったし、写真も撮らなければならず、そしてまた陽の傾きで趣の変わる背景の障子やお庭の陽射し。見るもの聞くもの感じるもの、一度に多くの情報を詰め込んだ私の頭は、はじけそうだった。 この続きはまた今度。 まめゆりさん、お早うございます。
>秘めた内側からこぼれ落ちた悲しみや激しさが垣間見える様な そのように思って頂けたら、きっと六条御息所の魂も浄化されていることでしょう。 この会場は、とても素晴らしい演出でした。もう一つ欲を言えば、顔に当たるライトが欲しかった。 すてきな世界ですねぇ。すばらしい演出ですね。
>西向きの障子が互い違いに開けられていて… 後ろにちらと見えるお庭を借景に全体が一つの空間になっているような。 語り部の方々のリフォームの衣装もさることながら、帯地の柄風な美しい布をスカーフのように纏っておられるのがとても印象深いです。其々の登場人物の想いが、小さな布と色合いで表現されていて、秘めた内側からこぼれ落ちた悲しみや激しさが垣間見える様な。六条御息所の魂も、千年の時を超えてここに同座した女性たちの涙に、しばし癒されてその辺りにおられたのかも、などと思ってしまったほどです。 Kanmoさん、こんばんは。
朗読に雰囲気は必要ですね。今回は会場が最高でした。横手には、色づき始めたかえでが見えましたし、障子に落ちる陰がとてもよかったです。 こんにちは!
源氏物語を語る資格がありませんが、衣装を見ているだけでも楽しいです。 造形美を堪能出来のも京都ならではでしょうか? 馬頭琴というと「スーホの白い馬」を思い出します。 ひろさん、こんばんは。
何回も手を止めて馬頭琴と朗読に聞き入ってしまいましたよ(^^ 最後に出演者の皆さんと一緒に、源融公のお墓にも手を合わせに行きました。 こんばんは(^^)
源融の墓があるだけあって、積極的に源氏物語のイベントをされてるんですね(^^) しずか〜に耳を傾けたくなりますね(^^) 葉月さん、こんばんは。
いつの御代に変わっても、人の心や考え方は変わりません。だから千年経ってもこのような、おどろおどろした恋愛小説が読み継がれるのでしょう。 エジプトの壁画にあります、「最近の若いもんは・・・」(爆) 「朗読」ってお芝居とはまた違った想像力の世界で楽しめるものなのでしょうね。阿修羅王さんが言われるように聴く者は今までの自分の思いと重ね合わせそれぞれの思いで共感しているのだと思います。源氏物語が書かれて千年。どんなに時が流れても恋や愛に答えはないから誰もが考え悩み歌にしたり、物語にしたりしながら語り継いで行くのでしょうか・・。
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