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古刹巡礼 若狭 真言宗御室派 棡山明通寺
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その1

 今を去ること某ヶ月前。初夏のこと。若狭は明通寺まで。

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その2

 長くて急な石段を昇っていくと、左手に鐘楼が見える。先程梵鐘の音が響いていたのはこれのようだ。惜しかった、突いているところを見たかった・・・

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その3

 山門には虎が彫り込んである。鋭い目つきなのが、遠目にも判る。

   そ、そんなに睨まんでもええがな・・・

 木目が虎の縦縞に見えた。江戸時代中期の山門だが、仁王さまは鎌倉時代中期のもの。

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その4

 受け付けの前を真っ直ぐに伸びる参道。左は急な階段。右は緩やかに作ってあって、なおかつ、スロープまである。身障者にも高齢者にも配慮してあるところが、素晴らしい。あ、盲導犬も大丈夫。

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その5

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 階段を昇りきると、屋根の葺き替えが終わったばかりの本堂より先に、鎌倉中期の三重の塔が先に目に入る。湿度の高い山中にあり、くすんで灰色になった建材は、それだけで風格がある。創建1200年を記念して、2006年には第一層が一般公開されたそうだ。ちょっと見てみたかった。福井県建造物の国宝はここ、明通寺の本堂と三重の塔なのだ。

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その6

 どうだろう、このどっしりとした風格は。

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その7

 さて、本堂。この3月に檜皮葺屋根の葺き替えが終了し、4月に落慶法要が終わったばかり。道理で綺麗だったわけだ。お天気はすっきりとしなかったが、その分、この屋根の美しさが際だったように思う。さあ、本堂の中へ入ろう。簡単な説明をしてくれるそうだから。

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その8

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その9

 さすがは西暦806年創建のお寺。どっしりとした風格は本堂でも同様だった。太い柱に梁は、例えようもないほど立派だ。屋根の葺き替えにもかなり費用がかかったそうな。鎌倉中期にはかなり栄えていて、多くの塔や坊などがあった。しかし江戸時代には衰退し始めて、今となった。若狭という立地から、大陸との貿易で栄えたこともあったのだろう。幕府から無理難題を申しつけられたこともあったのだろうと思う。ご本尊のお薬師さんはそんなことは忘れたと言わんばかりの、静かな穏やかなお顔だった。

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その10

 本堂の前の池には、山からの涌き水に泳ぐたくさんの鯉がいた。本当にたくさん、それも巨大な錦鯉。どれもこれも、発色のよい綺麗な鯉だ。悠々と泳ぐ姿に見とれていたが、その巨大さにはやっぱり驚く。側には鯉の餌が売られていた。勿論無人で。きっと恐ろしい勢いで近寄ってくるはず。それだけは見たくない。あの大きな口はちょっと・・・(^^;

 ひと通り回ったので、回遊式庭園に降りてみよう。枝垂れ桜の木があったが、この時は葉桜。咲いているときにはとても見事だと聞いた。

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その11

 今は睡蓮の花がとても綺麗に咲いていた。また、あちこちでカエルの鳴き声。

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その12

 睡蓮の咲く池の周りには、これもたくさんのモリアオガエルの卵。

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その13

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その14

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その15

 そんな睡蓮や卵を追いかけて池の周りを歩いていると、

   ひぃぇ~・・・(>_<)

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その16

 何とも情けない悲鳴を上げたのはこれのせいだ。一旦飛び退いたものの、そっと覗くと動いていない?顔をつきあわすように2匹、確かにいたのだ。そして1匹は慌ててシュルシュルと木の陰に隠れていった。ひょっとしてこれは生きてはいないのか?しかし突いてみる気持ちにはなれなかった。脚のないヤツと、脚が多すぎるヤツは嫌いなので。本当にびっくりした。気が付けば汗が噴き出していた。

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その17

 もう一度綺麗な睡蓮を見て気を鎮めて、庭園を出た。

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その18

 帰りがけにもう一度山門に通じる階段を見上げた。若狭の古刹はいいものだと素直に感じた。
【2012/09/08 00:00】 古刹巡礼 | トラックバック(0) | コメント(6) | Page top↑
若狭神宮寺
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その1

 若狭の国には神宮寺というお寺がある。国内には神宮寺と名の付くお寺が、さあ、いくつあるだろうか。元々神社に附属して建てられたのが神宮寺というわけだ。府内なら宮津市にある成相寺が元伊勢籠神社の神宮寺になる。誠にややこしい関係になる。日本固有の神の信仰と、外来の仏教信仰とを融合・調和するために唱えられた、神仏習合という教説に基づいて建てられたのが神宮寺というわけだ。だから創立は奈良時代。残念ながらこちらの本堂は室町時代の再建になる。

 とまあ、うんちくはこれくらいにして。この神宮寺の御神木は譲り葉の木。その奥に見えているのが、鎌倉時代末期の仁王門。

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その2

 門をくぐり、ちょっとご挨拶。駐車場はここから離れた南側に正門があるので、そちらが入り口だと思ってしまう人も多いが、こちらが正面玄関になるのだ。

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その3

 訪れたのはまだ5月で、田植えが終わったばかり。姫卯木の白い花がとても綺麗だった。

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その4

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その5

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その6

 本堂には注連縄が張られている。それがこの神宮寺ならではの印。内陣には左に薬師如来などの仏像が、右には白石鵜之瀬明神や和加佐彦比古・和加佐比女大神などの神々が祀られている。これを見ると、まさに神仏一体となっていることがよくわかる。ではどんなお参りの仕方をすればいいかと言うことになる。大丈夫、ちゃんと張り紙があった。

 しかし、本当に不思議な世界。だが、本来日本の神社とお寺の形態はこれだったのだ。廃仏毀釈でややこしくなってしまい、全く別物のようにされてしまっただけだ。

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その7

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その8

 こちらは茶室なのだが、中にはいろりが切ってあって、休憩室のようになっていた。本堂のこけら葺きは最近葺き替えられたようだったが、こちらの茅葺きはかなり古そうだ。ご多分に漏れず、屋根の葺き替え修理はどこの地域でも苦労が絶えない様子。本堂も時間がかかったと聞いた。

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その9

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その10

 ところで、こちらの若狭神宮寺はお水送りで名の知れたお寺である。3月の東大寺二月堂、そちらで行われるお水取りで汲み上げられる井戸水は、ここ若狭から10日間をかけて奈良まで流れて行くのだという。その井戸水がここというわけだ。漏斗とひしゃくが置いてあるところを見ると、井戸水を汲んでいくこともできるようだ。確認しておけばよかった。

 そのお水送りの行事は半日をかけて行われる。

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その11

 その井戸の前にそびえる巨大な椎の木。

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その12

 さて、本堂にあがる。撮影は禁止なので、床に写り込んだ深緑を。

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その13

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その14

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その14

 本堂の回りをぐるっと回る。裏山はご神体となっており、本当にびっくりするほど古い椎の木などが苔むした中にそびえる。朽ちた根元にはお不動さん。60cmくらいのものだが、背後の樹木の大きな感じが判るだろうか。

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その16

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その17

 奈良時代から続く古刹。若狭にはそんな古くからのお寺が多い。そしてその数は人口の割合に対しても多い。大陸から文化が渡ってきて、先ずこの地が出発地点。この若狭から奈良や京都へ多くの文化や技術、あるいは人が流れて行った。この地が日本文化の発祥の地と言っても過言ではないのかも知れない。

 奥深い神宮寺だった。

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その18

 緑の葉陰から、ハエトリグモがさよならを言ってくれた。個人名は特定できず。

   う~ん、かわいい・・・
【2012/07/11 00:00】 古刹巡礼 | トラックバック(0) | コメント(4) | Page top↑
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